春が近付くたび、僕は花粉に悩まされる。抗アレルギー剤を処方してもらえば喉の痛みやくしゃみはおさまるのだけど、気怠さや軽い頭痛だけはどうしようもない。夕方になると必ず六度九分とか微熱とも呼べないくらいの熱がでて、僕はなにをする気にもなれずぐったりとしてしまう。
気が弱っているときは、ちょっとした変化が身に応える。近所の銭湯がつぶれてマンションになったり、隣家の主人が倒れて真夜中に救急車が駆けつけたり。自分の身に起きた不幸ではないのになぜか気持ちを落ち込ませる。なにもかも移り変わり、ひとつとして同じままではいられない。そんな当たり前のことがどうしようもなくつらくて目を背けたい気持ちになってしまう。
昼近くまで惰眠をむさぼった休日は夜に寝つけず、しかたなく散歩にでかけることがある。いつもより神経が研ぎ澄まされて、なんでもないようなことが不気味に思えたり美しく感じられたりする。外灯の下を歩くたび自分の影がアスファルトの上に伸びてはまた短くなるのを気味悪く感じたり、電柱を支える斜めのケーブルに枯れた蔓が巻きついているのを光の加減で鋼鉄の花に見間違えたりする。誰もいない深夜の路地で目を細めて歩くとなにもかもが暗がりに沈み込んで、見慣れているはずの町が得体の知れない印象に様変わりする。
暗がりに沈んだ路地を歩きながら、弟のことを考える。僕に弟なんて本当はいないけれど、いるつもりで空想の物語を考える。両親の死をきっかけに弟は心の病にかかり、ある日を境に明日を失ってしまった。まったく同じ一日を心の中でずっと繰り返すようになってしまった。毎朝同じ新聞を読み、同じ献立の朝食をとり、いつも同じ小説の同じページを読んでいる。外出しても季節の移り変わりを感じることはなく、冬の公園で葉を散らしつくした木を見上げて兄さんもうすぐ桜が咲くねと僕に告げる。焦点の合わない黒い瞳は存在しないつぼみをみつめている。はちきれそうなほどに膨らんだそれはたとえ雪の日でも桃色に色づいて春の訪れを待っている。
そんな弟のために僕は朝になると新聞受けに昨日と同じ新聞を入れる。昨日と同じ献立の朝食をつくり同じ小説を同じ位置に戻しておく。雨の日には傘を差してやらなければいけない。なぜなら弟には雨など見えていないし濡れても冷たさを感じることなど無いのだから、僕が代わりに傘を差してやらなければずぶ濡れになってしまう。兄さん、もうすぐ桜が咲くね。僕は深夜の公園で満開の桜を見上げてうなずく。うん、もうすぐだ。
よく晴れた穏やかな昼下がり、水色の雨傘を差して散歩にでかける。僕の頭の中ではいかにも春らしい弱々しげな雨がアスファルトを濡らしている。それは昨夜の雨がまだ乾いていないだけだと知っていても水色の傘を打つ柔らかな雨音が聞こえる。今日はいつもより花粉がひどくて鼻が少しぐずつく。くすんくすんと鼻をならし涙をにじませながら温かな陽気に春が近付いているんだなと思う。頭の奥がじんじんして背中が汗ばんで身体中がむずむずする。ときどきひどい寒気が襲ってきて青空を見上げながら僕は口笛を吹きたい衝動をこらえる。お昼ご飯はどこで食べようとか家に帰ったらなにをしようとか考えようとするのだけど、集中力が続かなくてまとまった結論はなにひとつとしてでてこない。
だんだん気が滅入ってきて暗い気持ちでうつむいて隣を歩く弟に傘をさしてやりながら公園に足を踏み入れると足下に白い雪のような欠片が舞い落ちてくる。濡れたアスファルトに貼りついたそれは空想の雨粒を身にまとい木漏れ日をまばゆく反射する。
見上げると雨の中、桜が散っている。息をするだけで喉を詰まらせるほどたくさんの花びらが、雨粒のように速く次々と地面へと落ちていく。水色の傘を傾けると降り積もった花びらがさらさらと落ちていった。花びらの水たまりが水色の空を映している。薄く雲のかかった水色の空の下で空想上の弟はふくらんだつぼみを見上げ兄さん、もうすぐ桜がと言いかけて言葉を失う。もうすぐ春だなあと思う。もう少ししたら、春なんだなあと思う。きっと春が来たら花粉が無くなって僕は元気になれるのだけど、いまは花粉のせいですごく目がかゆい。傘を落として瞼をこすり冷たい雨に打たれながら寒気に震える。うずくまり背中を丸め力いっぱい瞼を掻きむしって涙を流すのを、立ち尽くす弟が心配そうに見下ろしている。
早く夜が来ればいいのに。夜が来れば、瞼を細めるだけでなにもかも暗闇に沈んで見えなくなるのに。けれどいまはどんなに瞼を強く閉じてもなにもかもがまばゆく輝いて、消えてはくれない。青空の下、雪のように降る花びらを浴びながら僕はひそやかに弟をねたむ。